公取委が調査を打ち切るのはどのようなときか

社会常識としての独占禁止法69

執筆:弁護士  多田 幸生

  

  このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。  今回は、公取委による調査の打ち切りについてお話しします。

・社会常識としての独占禁止法㉝ 立入検査を受けたらどうするべきか
・社会常識としての独占禁止法⑰ 「確約手続」~軽微な独禁法違反に関する司法取引


1 確約手続は時間と労力を要する

 平成30年に確約手続制度が導入されてから5年ちかく経ちました。
 確約手続制度とは、会社が公取委に対し自主的な改善計画を「確約」し、公取委から承認(認定)を得ることにより、排除措置命令や課徴金納付命令を免れるという制度です。
会社が公取委から調査を受けた場合の出口戦略として重要な選択肢の一つです。
 しかしながら、確約手続は公取委の手続が多少煩雑で、特に「嫌疑の概要通知」と改善計画の「認定」に時間を要します。先例では、調査開始から「認定」まで、1年半程度を要することがあります。

<近年の主な確約手続>



2 確約手続を経ずに調査が打ち切られる場合がある

 確約手続制度が導入された後も、確約手続を経ずに、公取委が調査を打ち切るケースがしばしば存在します。
 以下の事例において、公取委は「嫌疑はなかった」と判断したから調査を打ち切ったわけではありません。いずれも、会社が自主的改善を申し出たことによる打ち切りです。
 あたかも、確約手続と同じことを、煩雑な手続なしで実現しているように見えます。要した時間も短かいように見えます。

<近年の主な調査打ち切りの例>



3 どのような場合に調査が打ち切られるか

 確約手続を経ずに調査を打ち切られた事例を分析すると、次のような傾向があることがわかります。

  • 嫌疑が比較的軽微であること
  • 調査に時間を要する事案であること。
  • 会社が調査に全面協力していること。
  • 会社が、被疑行為(制度)をすでにとりやめて(廃止して)いること。
  • 会社がかなり早い段階で自主的な改善を申し出ていること。

 優越的地位濫用のケースが多いように見えます。

その理由は、嫌疑が優越的地位濫用の場合、会社の「優越的地位」の認定や、課徴金算定のための売上等の調査に時間を要すことが多いからではないかと思われます。

 なお、上はおおざっぱな傾向であり、すべての要素を満たさなくとも、調査を打ち切られることがあります。
 例えば、令和5年3月のアップルのケースは、アップルストアの販売手数料が世界的に高値で固定されているのではないかという比較的重い嫌疑であり、アップル側も必ずしも嫌疑を認めているわけではありませんでした。
 しかし、公取委は次のように述べて、確約手続を経ずに、調査を打ち切りました。

「確約手続きを使うと、詳細な事実について審査を行う必要があり、さらに時間がかかる。アプリ開発者への影響を一日でも早く取り除くということに重きを置いて、確約手続きをとらず、審査を終了する判断をした」

令和3年9月2日記者会見。日経新聞から引用。

 

4 公取委の調査を受けた会社はどのように対応するべきか

 「確約手続」と「調査打ち切り」を比べれば、後者が良いに決まっています。
 しかし、そもそも論として、会社側は「確約手続」か「調査打ち切り」かを選べません。

 会社側としては、まずは嫌疑についての迅速な内部調査を行い、嫌疑についてのある程度具体的な結論を出す必要があります。
 そのうえで、「調査打ち切り」を目指すのであれば、公取委が確約手続の要否の検討を始める前に、被疑行為を取りやめ、自主的に改善措置を申し出るべきでしょう。
そうして、後は公取委の判断にゆだねることになります。
 確約手続は、公取委が会社の嫌疑の概要を取りまとめ、「嫌疑の概要通知」を会社に通知することによって始まります。その後になってから改善措置を申し出るのでは、遅いと思われます。

 なお、談合やカルテルなど、嫌疑が非常に重く、確約手続すら望めないような場合には、リニエンシーなど別の出口戦略を模索する必要があることを付言します。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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