電子機器を修理する権利 ~スマホ・ゲーム機・電動車いす~

社会常識としての独占禁止法71

執筆:弁護士  多田 幸

  

 このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 今回は、アメリカで法整備が進む「電子機器を修理する権利」についてお話しします。

1 「電子機器を修理する権利」とは

 今、「電子機器を修理する権利」に注目が集まっています。

 スマートフォンなど電子機器の内部構造は秘匿性が高く、複雑難解であり、メーカーを介さずに修理をすることは事実上困難です。
 しかしながら、メーカーが修理を独占することは、独占禁止法に抵触するのではないか、いうの問題提起が昨今なされています。
 メーカー以外でも自由に修理を実施できるようにしよう、というのが、「電子機器を修理する権利」の議論です。

 現在、アメリカでは、スマートフォンなど電子機器を修理しやすくするための法整備が進んでいます。2024年7月、ニューヨーク州で電子機器修理の法律が発効しました。全米40州超の州において、同様の法令の整備が審議されています。

2021年7月バイデン大統領、「修理する権利」を保護するための大統領令に署名
2023年1月コロラド州、電動車いす修理の法律が発効
2024年1月コロラド州、トラクター修理の法律が発効
2024年7月ニューヨーク州、電子機器修理の法律が発効


2 「修理する権利」の波はいずれ日本にも及ぶ

 前掲の日経の記事に拠れば、ニューヨーク州の法律は、企業に対し、修理方法をネット上に無料で公開するよう義務付けています。
 そのため、その影響は米国内にとどまらず、全世界に及びます。
 いずれ日本にも波及することは確実です。

 実は、日本にはすでに、「修理する権利」に関する判決が存在します。
 エレベータを修理する権利についての、「東芝エレベータテクノス事件」(東京高判平成23年9月6日)です。


【事件のあらまし】 

 あるビルで、Tグループ製のエレベータが故障しました。

 独立系の点検業者がT社に部品を発注したところ、T社は自社以外が修理工事することを認めず、独立系業者からの部品発注を拒否し、部品を供給しませんでした。

 そのため、ビルのオーナーは、独立系企業との点検契約を解除し、T社との間で点検契約と修理工事契約を締結してしまいました。  そこで、独立系業者は、T社に対し、損害賠償請求訴訟を提起しました。


 東京高等裁判所は、T社が独立系業者に部品を供給しなかったことは、「抱き合わせ販売」や「取引妨害」に該当する独占禁止法違反であると認定し、損害賠償を命じました。
 これは、メーカー側の修理独占に対し、独禁法を用いてストップをかけた裁判例と評価して差し支えありません。

 このように、「修理する権利」は日本の独占禁止法との親和性があります。
 なので、日本でも早晩「修理する権利」についての議論が加速していくことは、確実と思われます。


3 対象はスマホに限らず広く電子機器全般に及ぶ

 前掲の日経の記事に拠ると、米国で現在進んでいる法整備の対象となっているのは、スマートフォンだけではありません。
 ニューヨーク州の法律では「10ドル以上の電子機器」が対象となっています。
 ミネソタ州の法律では冷蔵庫などいわゆる白物家電も対象となっています。
 その他、個別に「電動車いす」などを対象とする法律も制定されています。

 そのため、日本への影響も、スマートフォンに限られません。
 たとえば、米消費者団体のパブリック・インタレスト・リサーチ・グループ(PIRG)は、「今後米国や欧州で任天堂やソニーグループなど日本製のものが多いゲーム機も修理する権利を求める声が高まる可能性がある」と指摘していて、注目されます。

 スマートフォンについては、令和5年4月、アップル社は修理キットの貸し出しや配布を開始しました。

 ゲーム機についても、いずれ、街の業者で簡単に修理できるようになる日が来るかもしれません。

以上


コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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