独禁法違反と役員に対する株主代表訴訟について

社会常識としての独占禁止法54
執筆:弁護士  多田 幸生

  

会社の役員(取締役、監査役等)は、独禁法違反により株主から損害賠償請求訴訟(株主代表訴訟)を提起されるリスクについて、知っておく必要があります。
今回は、非常に有名な株主代表訴訟「住友電工事件」をご紹介します。

1 事件の概要

 平成22年から平成24年にかけて、住友電工は、光ファイバー等を巡る巨額のカルテルを組み、独禁法に違反したとして、公正取引委員会から合計約88億円の課徴金納付命令を受けました。
 同社の株主は、この課徴金88億円は経営陣の過失による損害であると主張して、経営陣に対し、88億円全額を賠償するよう求め、株主代表訴訟を提起した、というのがこの事件の概要です。
 3年超という長期間にわたる裁判の結果、平成26年、役員らが会社に5億2000万円の解決金を支払う内容で和解が成立しました。
 同種の訴訟の支払金額として史上最高額であり、新聞、テレビ等でも大々的に報道されました。



2 株主代表訴訟を起こされる理由

 なぜ、株主は株主代表訴訟を提起したのでしょうか?
 それは、経営陣が、カルテルの防止義務を怠っただけではなく、その後、違反を速やかに自主申告(リニエンシー)して課徴金の減免を受けなかったからです。
 ある会社がカルテルを犯しからといって、ただちに役員に損害賠償請求が認められるわけではありません。
 なぜなら、裁判では、役員の「過失」を証明するよう求められます。

 「過失」とは、たとえば、

  • その役員がカルテルに関与した。
  • 関与しなかったとしても、黙認した。
  • 社内にカルテルを防止するための内部統制システムを構築しなかった。
    といったことです。
    通常、これらの過失を証明するのは、容易ではありません。
    過失が証明されなければ、役員に対する損害賠償請求は認められません。

    しかし、会社が課徴金納付命令を受けているケースでは、証明の比較的容易な過失が一つ存在します。
  • 役員が自主申告(リニエンシー)しなかったせいで、公取委から課徴金の減免を受けられなかった。

という過失です。

課徴金納付命令が下されたという事実が存在する限り、会社が自主申告しなかったこと(少なくとも速やかに自主申告しなかったこと)の立証は容易です。
 あとは、会社が自主申告しなかったことについて、各役員に落ち度があったかどうかの問題になります。多くの場合、役員(会社)の側から積極的に経緯を主張して、身の潔白を証明していくことになります。
 しかし、例えば、他社が自主申告(リニエンシー)を行い、課徴金を全額免れている場合はどうでしょう。
 「他社は自主申告できたのに、なぜ当社は自主申告できなかったのか?」という問いに対し、役員は、身の潔白を示すことができるでしょうか?
 株主側から見れば、立証の難易度が低いことは明らかでしょう。


3 損害賠償を防ぐために役員が心掛けるべきこと

 会社の役員(取締役、監査役等)は、独禁法違反により株主から損害賠償請求訴訟(株主代表訴訟)を提起されるリスクがあります。
 これを避けるためには、役員は、日頃から独占禁止法についての意識を高めておく必要があります。
 例えば、「独禁法違反事件が判明した場合には、大至急、他社に先駆けて自主申告を実行しなければならない。」ということは、常に意識するべきです。

 実際に独禁法違反事件が判明すると、「当社は無関係だ」とか「当社の行為は談合やカルテルに当たらない」といった反論がありえます。
 それらの反論が正しい場合もありますが、役員としては、反論に合理性があるかどうか、よくよく考えなければなりません。
 場合によっては、取締役会等において、他の役員の意見に反対し、自主申告に一票を投じるべき場合もあるでしょう。

 他社が先を争って自主申告しているのに、自社だけが反論に拘泥し、そのせいで自主申告できないという状況は、できれば避けるべきです。
 反論が認められれば良いですが、認められなかった場合には、「役員が速やかに自主申告しなかったせいで、課徴金の減免を受けられなかった」との評価に直結しかねません。
 反論は反論として、それと並行して自主申告についても検討するというのが、正しい態度と思われます。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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