なぜ五輪談合事件は発覚したか

社会常識としての独占禁止法51
執筆:弁護士  多田 幸生

  

  このコラムでは、かつてはマイナーな法律だった独占禁止法が、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している状況について、お話ししています。
 今回は五輪談合事件を取り上げます。

1 五輪談合事件

 このコラムで、五輪談合事件について触れないわけには行きません。

令和4年11月25日、東京五輪・パラリンピックのテスト大会関連事業の入札で受注調整(談合)をしていた疑いが強まったとして、東京地検特捜部と公正取引委員会は広告代理店大手などの犯則調査(強制捜査)を行いました。

「談合」とは、国や地方公共団体などの公共工事や物品の公共調達に関する入札の際、入札に参加する企業同士が事前に相談して、受注する企業や金額などを決めて、競争をやめてしまうことです。
違反者は「5年以下の懲役又は500万円以下の罰金」に処されます(独禁法89条)。れっきとした犯罪(刑事事件)です。
本件では、A社やD社など6社が談合事件を疑われる状況となり、犯則調査(強制捜査)を受けることになりました。


2 なぜ五輪談合事件は発覚したか

公正取引委員会がどのようにして調査(捜査)を開始するかについては、以前にご説明しました。

では、五輪談合事件ではどのようにして発覚し、公取委の調査(捜査)を受けることになったのでしょうか。
報道では、「A社は公取委に対し談合事件を自主申告(リニエンシー)した」と言われています。
しかし、本件では、このリニエンシーが公取委の調査の端緒だったとは容易に信じられない事情があります。
なぜなら、A社は、五輪「談合」事件が発覚する少し前、五輪「汚職」事件(贈収賄)で特捜部の捜査を受け、社長を含む3名の逮捕者を出していました。

特捜部から汚職事件の捜査を受ける中で、別件として、談合を疑われるような資料が出てきて、時節柄隠すことができず、自主申告することになったと考える方が自然です。
本件の強制捜査の端緒は、形式的にはA社のリニエンシー(自主申告)だったとしても、事実上は、東京地検特捜部の捜査により発覚したものであった可能性があります。
いずれ、A社がリニエンシーした時期(公取委の捜査開始よりも前か後か)が明らかになれば、はっきりするでしょう。


3 本件の犯則調査とこれから予想される刑事告発・起訴について

 独禁法違反の犯則調査(強制捜査)の数は、決して多くありません。
五輪談合事件の前は医薬品卸入札談合事件(令和元年)でした。その前はリニア談合事件(平成30年)でした。
最近は、2年に1回程度のペースが続いています。

本件の強制調査は、東京地検特捜部と公正取引委員会の合同により行われました。
これは、特捜部の捜査(別件を含む)が先行している場合の特徴です。
独禁法違反事件は専門性が高いため、被疑者が刑事訴追されるか否かは、事実上、「公取委が東京地検特捜部に刑事告発するか否か」によって決まります。
そのため、特捜部から公取委に情報提供が行われるなどして、合同捜査に至ることが多いのです。

今回の五輪談合事件では、受注調整についての認識を巡り、被疑者(入札参加業者)の間で主張が割れていると報道されています。
今後は、公取委が、強制捜査の成果物(受注調整一覧表やメールなどの物証)を分析し、関係者から事情聴取するなどして、被疑者を刑事告発できるかどうかの検討を進めていくと思われます。
もし、公取委が被疑者を刑事告発した場合には、東京地検特捜部も被疑者を起訴する可能性が高いでしょう。

なお、公取委は、「調査開始日前に」、「最初に」、違反行為を自主申告(リニエンシー)した事業者及びその従業員等は刑事告発しないとの方針を公表しています。
A社が行ったリニエンシーがこの要件を満たすのであれば、A社及びその従業員は刑事告発を免れることができるでしょう。

 公正取引委員会
「独占禁止法違反に対する刑事告発及び犯則事件の調査に関する公正取引委員会の方針」



以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
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