大臣ですら理解できない「優越的地位の濫用」

社会常識としての独占禁止法㉔
執筆:弁護士  多田 幸生

1 西村大臣の優越的地位の乱用発言

2021年7月は、西村経財相が「優越的地位の濫用(乱用)」に当たる発言をしたことが大々的に報じられ、独占禁止法に注目が集まった月でした。
・2021年7月8日 日本経済新聞「休業要請拒否店の情報、金融機関に提供 経財相」
・2021年7月9日 日本経済新聞「西村氏発言に金融機関困惑 飲食店への要請「無理ある」
・2021年7月9日 日本経済新聞「官房長官「金融機関への要請せず」 西村氏発言を撤回」

西村経財相は、緊急事態宣言下で酒類提供を続ける飲食店について、「要請に応じない店の情報を金融機関に共有する」「金融機関からも順守の働き掛けをしてほしい」などと発言しました。
発言の直後から、「優越的地位の濫用ではないか」との指摘が相次ぎました。
西村大臣は「融資制限の趣旨ではない」「法律に基づく要請ではない」などと弁明を試みましたが、結局、発言の撤回に追い込まれました。


2 金融機関は「優越的地位」の典型例

銀行などの金融機関とその融資先との関係は、「優越的地位」の典型例です。独禁法の教科書では「優越的地位」の具体例として必ず例示されています。
摘発された事例も、三井住友銀行事件(勧告審決平17.12.26)、岐阜商工信用組合事件(最判昭52.6.20)、品川信用組合事件(東地昭59.10.25)など多数存在します。
言うなれば、金融機関が優越的地位にあたることは、独禁法の基本中の基本です。

その金融機関から融資先に対し何らかの要請をすることは、それが法的なものであってもなくても、優越的地位の濫用に当たる可能性が懸念されて当然です。
「融資制限の趣旨ではない」などという弁明は、裁判所や公正取引委員会で通用する言い訳にはなりません。

もし、西村大臣による要請が実際になされていたとしたら、金融機関側は、「政府からの要請に独禁法違反の懸念があっても従わねばならないのか?」と、対応に苦慮することになったでしょう。

これまで、本コラムでは、再三にわたり、民間企業が「優越的地位の濫用」規制の重要性を十分認知していないと述べてきました。
残念ながら、国の経済財務を担う大臣ですら、「優越的地位の濫用」規制の重要性を理解していないのが実情であると言わざるを得ません。

・社会常識としての独占禁止法② ~膨張する「優越的地位の濫用」の要点~
・社会常識としての独占禁止法④ ~急成長企業の落とし穴(優越的地位の濫用)~
・社会常識としての独占禁止法⑦ ~「コンビニ」というパンドラの箱(優越的地位の濫用)~



3 金融庁も「優越的地位の濫用」規制を理解していなかった

今回の事件で独禁法の理解不足を露呈したという点では、金融庁も同じです。

報道によれば、西村大臣は、金融庁との間で事前調整を行っていました。
金融庁は金融機関の監督庁ですから、金融機関が本質的に「優越的地位」に立ちやすいことを重々承知しているはずです。
しかし、金融庁は、事前調整の段階で「内閣官房の指示にはっきりと「NO」を突きつけられず」(日経記事ママ)、むしろ金融機関に対する要請を指示どおり行う方向で調整を進めてしまいました。
こうなってくると、「優越的地位濫用」規制の認識不足は、広く政府全体の問題と言った方が良いかもしれません。

・2021年7月14日 日本経済新聞「金融庁、酒制限強化策に「NO」と言えなかった? 中島淳一新長官、波乱の船出」



4 最後に

このように、政府ですら独禁法を十分理解していないのが実情ですが、それは独禁法が比較的マイナーな法律であった時代の最後の名残かもしれません。
今や独禁法の重要性は日に日に高まっています。政府も、民間企業も、最重要の取引ルールのひとつとして、認識を改める必要があるでしょう。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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