社会常識としての独占禁止法②
~膨張する「優越的地位の濫用」の要点~

前回のコラム「社会常識としての独占禁止法」では、これまでどちからと言えばマイナーな法律だった独占禁止法が、ビジネスシーンにおいてホットな法律になってきた状況についてお話ししました。

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今回は「優越的地位の濫用」についてお話しします。
「優越的地位の濫用」は、独占禁止法が禁止する取引行為の一つです。条文は非常にシンプルで
「取引上優越的地位にある事業者は、取引相手に対し、正常な商慣習に反する行為をしてはならない」
という内容です。(正確な規定は、独禁法19条、2条9項5号をご参照ください。)

単純かつ抽象的な規定であるために、取引上の「立場の差」さえあればどのようなケースにも当てはめうるのが最大の特徴です。

近年、この「優越的地位の濫用」の適用範囲が拡大・膨張していると言われています。
以下、最近の報道を4つ挙げますが、これらが「優越的地位の濫用」になるという問題意識を持っていた人が、果たしてどれくらいいたでしょうか?

①2019年6月、公正取引委員会の杉本委員長がコンビニエンスストアの24時間営業問題に関し、「契約者が契約の見直しを一方的に拒絶することは優越的地位の濫用として問題になり得る」旨を述べた。

②2019年7月、公正取引委員会がジャニーズ事務所の調査を行い、「退所したSMAP元メンバー3人の番組起用を妨げるような働きかけがあった場合、優越的地位の濫用になるおそれがある。」旨の注意を発した。

③2019年12月、公正取引委員会は「IT(情報技術)企業が十分な説明なく個人データを利用すると、優越的地位の濫用になるおそれがある。」旨の指針を発表。

④2020年2月、公正取引委員会は、通販サイト「楽天市場」で一定額以上の購入代金を「送料込み」と表示する方針が出店者に不利益を与える恐れがあるとして、楽天に対し緊急停止命令を出すよう東京地裁に申し立てた。(のち楽天が送料方針を撤回)

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今や「優越的地位の濫用」は極めて重要な取引ルールであり、無視することはできません。④の楽天を例に、「優越的地位の濫用」規制の勘所を押さえておきましょう。

楽天の違反行為は、「送料料を安く抑えようとしたこと」です。
しかし、「送料を安く抑えようとすること」は、責められるべき行為でしょうか?

一般論として、「送料を安く抑えようとすること」は、経営努力そのものです。
取引相手との契約内容を少しでも自分に有利にしようと経営努力するのは当然のことであり、これを否定するのは、自由競争を否定するようなものです。
つまり、「送料を安く抑えようとすること」は、一般論としては、責められるべき行為ではありません。
では、なぜ、公正取引委員会は、楽天の経営努力を摘発したのでしょうか?
それは、楽天が出店者に対して「優越的地位」にあったからです。
出店者は、楽天が提示する契約内容を承諾しないと、楽天市場に出店できません。この状況で、楽天が送料の一方的削減を出店者に求めると、出店者は拒否することができません。
ここに、自由競争は存在しません。強者が弱者から配送料を搾取したというだけのことです。
だから公正取引委員会は摘発したのです。

要するに、「一見すると経営努力に見える行為であっても、優越的地位にあるときは行ってはならない。」ということです。これが、優越的地位濫用規制の勘所です。

自社の地位が優越的地位の関係にあるかどうかの判断さえ間違えなければ、大筋を間違うことはありません。しかし、その判断は容易ではありません。
たとえば①の例では、大手コンビニ各社は、自分たちと加盟店の関係が優越的地位に当たる可能性があるということを、事前に認識していなかった(又は、仮に認識していたとしても、軽視していた)のではないかと思われます。

今後は、契約書を締結する際のリーガルチェックの項目に、「自社の地位が優越的地位の関係にあたるのか」という項目を追加する必要があるでしょう。
そして、自社の取引に優越的地位の濫用規制が適用されるリスクを、ある程度幅広に、把握しておく必要があるでしょう。

 

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

 

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