原油高を価格にどのように転嫁するか ~「買い叩き」規制
社会常識としての独占禁止法㊱
執筆:弁護士 多田 幸生
今回は「優越的地位濫用(乱用)の一種である「買い叩き」規制を取り上げます。
1 買い叩きとは
「買い叩き」は、独占禁止法及び下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)が禁止する行為の一つです。簡単に言うと、
「発注者は、受注者(下請事業者)に対し、同種・類似の取引の通常の対価と比べて著しく低い下請代金を定めてはならない。」
というルールです。
買いたたきについてのよくある誤解は、
「買い叩き規制は、下請法が適用される下請取引以外には関係ない」
というものです。
確かに、買い叩きはいわゆる下請けいじめの典型例であり、これを禁ずる一番わかりやすい条項は、下請法にあります(下請法4条1項5号)。
しかし、買い叩きは、発注者と受注者の間に優越的関係さえあれば、どのような取引においても成立し得ます。
下請法が適用されない取引で買いたたきを行うと、独禁法違反となります(独禁法19条、2条9項5号)。下請取引以外には関係ないというのは全くの誤りです。
買いたたきには刑罰があります(下請法10条以下)。
公正取引委員会による排除措置命令の対象となり、課徴金納付命令を受ける可能性もあります(独禁法20条、20条の6)。
2 原油高による買い叩きの増加
近時、買い叩き規制違反が増えているといわれます。
その背景には、原油価格の高騰などを背景とする原材料費の高騰と、それに伴う企業物価指数の上昇があります。
例えば、「原油を原料とする下請事業者(受注者)が、コストの上昇を理由に値上げしようとしたにもかかわらず、優越的地位にある発注者がこれを拒否し、価格を据え置いた」のような流れで、買い叩きは発生します。
発注者による価格据え置き行為は、典型的な買い叩き行為であり、下請法ないし独禁法違反となる可能性があります。
3 買い叩き規制の強化
買い叩きの増加を踏まえ、令和3年12月、内閣は買いたたき規制を強化する方針をまとめました。
これを受け、令和4年2月、公正取引委員会は、「優越的地位乱用未然防止対策調査室」を新たに設置しました。
今後は、毎年、買いたたき(価格転嫁拒否)が疑われる3業種が指定され、当該3業種に対する集中な立ち入り調査が実施され、違反が見つかれば指導・勧告等がなされます。
手始めに、経産省は、昨年(令和3年)の調査でスコアの低かった業種を公表しています。
具体的には、スコアが低かったのは、トラック運送、印刷、自動車・自動車部品などの業種です。
- 公正取引委員会「(令和4年2月16日)「優越的地位濫用未然防止対策調査室」の設置等について」
- 日本経済新聞 令和3年12月27日「原材料の価格転嫁、拒否懸念の3業種を調査 公取委」
- 日本経済新聞 令和4年2月19日:「価格転嫁、下請け15万社調査へ 経産省」
4 買い叩きの発生を防ぐには
発注者側が現実的に心がけるべきことは、「受注者(下請事業者)から価格転換(値上げ)の要請があった場合に、これに真摯に対応する」ということです。
なぜなら多くの場合、受注者(下請事業者)は、耐えられる期間はじっと原材料価格の高騰に耐え続け、ついに耐えられなくなったので、値上げを要請してきています。
これまで表面化しなかっただけで、実は、表面下において、見えない買い叩き(「ステルス買いたたき」とでも言いましょうか。)がすでに発生している可能性があるのです。
軽はずみに値上げを拒否することは、法的リスクが高いと言わざるを得ません。
値上げ要請に対し、「真摯に対応する」必要があります。
難しいことではありません。
まず、値上げ要請を即座に断ってはなりません。
時間をかけて、必ず、検討します。
受注者(下請事業者)から事情をヒアリングし、原材料価格等の高騰が受注者に与える影響の有無と大小(数値)を、発注者の立場から考察します。
そうして、値上げに応ずるべき時は応じましょう。
値上げに応じない場合や、要請より値上げ幅を抑える場合には、合理的な理由が必要しょう。紛争予防の観点からは、値上げに応じない理由を通知するのが好ましいと思われます。
以上