リニエンシーしないという判断はアリかナシか ~電力カルテル事件~

社会常識としての独占禁止法61

執筆:弁護士  多田 幸生

1 電力カルテル事件では2社がリニエンシーしなかった

 電力カルテル事件では、史上最高となる計1000億円の課徴金納付命令が下りました。
 金額は、中国電力が圧倒的に多く、中部電力がそれに続きます。九州電力はそれと比べれば微額です。関西電力にいたってはゼロ円です。
 各社の明暗を分けたのは、リニエンシー(自主申告)です。
 関西電力と九州電力がリニエンシーを行う一方で、中国電力と中部電力はリニエンシーを行わなかったため、巨額の課徴金が課されることになりました。
 このあたりの各社の事情を、その後の報道も踏まえ、少し詳しく見てみましょう。

<電力各社の課徴金の内訳>

中国電力約707億円
中部電力(子会社分含む)約275億円
九州電力約27億円 (リニエンシーにより課徴金減額)
関西電力0円 (リニエンシーにより課徴金免除)


2 リニエンシーとは

 リニエンシーというのは、談合やカルテルなど独占禁止法違反事件における自主申告(自首)の制度です。「課徴金減免制度」とも言います。
 談合やカルテルを公取委に自主申告すれば、課徴金納付命令を免除されたり、減額されたりします。

 リニエンシー(自主申告)の効果は、課徴金の減免だけではありません。公取委が調査を開始する前に最初にリニエンシーした者に対しては、公取委は刑事告発しない方針のため、事実上、刑事責任(罰金と懲役)を免除されます。


3 関西電力と九州電力は、カルテル成立を認め、リニエンシーをした

 電力カルテル事件の4社のなかで、主導的な役割を果たしたのは、関西電力です。

 しかし、関西電力は、公取委が調査を開始する前に、最初に、違反行為を公正取引委員会に自主申告(リニエンシー)しました。
 このことが認められ、課徴金は、課徴金を全額免除されました。
 九州電力も、時期が遅れこそしたものの、カルテルが成立していた事実を認め、リニエンシーをしました。その結果、課徴金の減額を受けることができました。


4 中部電力は、カルテル成立を認めず、リニエンシーをしなかった

 中部電力は、リニエンシー(自主申告)をしませんでした。

 その理由は、後日の記者会見で明らかになっています。それは、中部電力は、「カルテルなど成立していない。」「営業活動を制限したり、価格を維持したりといった行為自体がない」と主張していたからです。

 このような理由ならば、リニエンシーしなかったことも頷けます。
 認めていない犯罪(※)について、自首することはできないからです。
 現在、中部電力は、取消訴訟を提起し、カルテルは成立していないと主張しているそうです。訴訟の結果が注目されます。

(※)カルテルは刑事犯罪です。


5 中国電力は、リニエンシーを検討したが、リニエンシーしなかった

 中国電力は令和4年3月20日に記者会見しましたが、リニエンシ(自主申告)しなかった理由は不可解です。

 記者会見で、中国電力は、「一部に不適切なものがあった。全体として独占禁止法への抵触を疑われてもやむを得ない面があった」と認めました。
 その一方で、リニエンシーをするかどうかについては、「その間、関係者へのヒアリングなどで慎重に検討した結果、しないという結論に至った」と述べました。

 つまり、中国電力は、リニエンシーをするかしないかを協議した上で、しないという結論を出したことになります。
 その会議の出席者は、「一部に不適切なものがあった。」という社長の認識が、伝えられていたのでしょうか?
 その会議の出席者は、予想される課徴金の金額が巨額であること(結果として707億円)を理解した上で、リニエンシーしないとの結論を出したのでしょうか?
 結論に至る過程がよくわからないとしか、言いようがありません。

 中国電力は、記者会見において、課徴金の計算根拠(該当期間の売上高)について公取委と見解の相違があり、取消訴訟を検討しているとも述べていました。
 この言い方は、カルテルが成立することを認めたうえで、「課徴金が高すぎる」と争っているようにも聞こえます。
 カルテル成立を認めるのであれば、結果の深刻さ(課徴金707億円)からして、リニエンシーすべきだったように思われますが、いかがでしょうか。

 現在、中国電力は取消訴訟を提起して争っていますので、その結果が注目されます。


6 リニエンシーをするかしないかをいかにして判断するか

 電力カルテル事件の教訓を他山の石としなければなりません。

 談合やカルテルを認める場合には、他社に先駆けて、リニエンシー(自主申告)をして、課徴金や刑事責任を免れるべく努力するべきです。

 公取委との間に一部見解の相違がある場合も同様です。談合やカルテルの成立自体を認める(一部認める)のであれば、その範囲でかまわないので、とにかくリニエンシーするべきです。

 もし、談合やカルテルを認めないのであれば、立場上リニエンシーはできないかもしれません。
 遺憾ながら、課徴金納付命令を受けることになりますが、裁判所に処分取消訴訟を提起し、談合やカルテルの成否を争うことにより、課徴金納付命令の取り消しを目指すことになります。

 リニエンシーしない場合には、処分取消訴訟に勝訴できるかどうか、その見込みについて事前に検討する必要があります。
 特に、巨額の課徴金が予想される場合には、慎重な検討を要します。
 社内調査を厳格に行い、「間違いなく談合やカルテルではない」との確証を得ることが肝要でしょう。

 勝敗についての確たる見込みもないまま、処分取消訴訟に進むべきではありません。
 そのような訴訟は、株主代表訴訟を提起されるまでの時間稼ぎにしかなりません。
 処分取消訴訟に漫然と敗訴し、巨額の課徴金納付命令が確定した場合には、結局、役員の責任論になります。その場合、株主代表訴訟により多額の損害賠償請求を受ける可能性は、かえって高まると思われます。

以上



コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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