インボイスは独禁法違反に要注意!!!①

社会常識としての独占禁止法
執筆:弁護士  多田 幸生

  

今回は、インボイス制度(2023年10月1日から実施予定)に伴い、独禁法(下請法)の違反事例が急増するのではないかと危惧されていることについて、2回に分けて、お話しします。
特に、インボイスを理由とする代金引下げを検討している事業者は、要注意です。


参 考

公正取引委員会「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年3月8日改正版)

1 免税事業者について

インボイス制度に伴う独禁法違反は、免税事業者と免税事業者の取引相手に係わる問題です。
そこで、まず、「免税事業者」とは何かについて説明します。
「免税事業者」とは、基準期間(個人の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度)における課税売上高が1,000万円以下の事業者で、消費税の納税義務が免除される制度(事業者免税点制度)の適用を受ける事業者をいいます。全国に約500万者(社)と言われています。
簡単に言えば、売上高が少ないために消費税の納税義務を負わない事業者のことです。
インボイス制度に伴う独禁法違反は、全国500万者の免税事業者だけでなく、その免税事業者と取引する取引相手に係わる問題です。
今、このコラムをお読みの事業者様についても、免税事業者と取引しているのであれば、問題となりえます。


2 インボイス制度が免税事業者に与える影響

本コラムでは、インボイス制度の詳細な内容には踏み込まず、インボイス制度が免税事業者に与える影響に絞ってお話しします。
インボイス制度の導入は、免税事業者の事業に多大な影響を与えます。
なぜなら、免税事業者は、消費税を納めていないので、インボイスを発行できないからです。
取引相手(※)からすれば、免税事業者と取引したときだけ、消費税の仕入税額控除ができず、納税するべき消費税が増加します。取引条件が純粋に悪化するわけです。

※ 取引相手が免税事業者である場合と、取引相手が簡易課税制度の適用事業者である場合を除きます。それらの事業者は、インボイスを保存する必要がないので、インボイス制度による影響を受けません。

その結果、次の6つの独禁法懸念事象が頻発すると予想されています。深刻です。

  1. 取引相手が、免税事業者に対し、(増加税額分に相当する)代金減額を要請(強制)する。
  2. 取引相手が、免税事業者が取引価格の引き下げに応じないことを理由に、商品(役務の成果物)の受領を拒否したり、受領した商品等を返品する。
  3. 取引相手が、免税事業者に対し、(増加税額分に相当する)協賛金や役務の負担などを要請(強制)する。
  4. 取引相手が、免税事業者に対し、(増加税額分に相当する)商品購入を要請(強制)する。
  5. 取引相手が、免税事業者との取引を停止する(免税事業者ではない業者に乗り換える)。
  6. 取引相手が、免税事業者に対し、登録事業者になるよう要請(強制)する。



3 ①代金減額要請(強制)は独禁法違反か?

 まず明確にしておきたいのは、「許される代金減額要請もある」ということです。
 そもそも免税事業者は、消費税を納税しないにもかかわらず、取引先から消費税相当額を受け取っています。
今回、インボイス制度の導入により、納税額の増加という負担を取引相手だけが負うのは、必ずしも公平とは言えません。
負担の一定部分を免税事業者に転嫁することが許される場合もあると考えられています。

ア 仕入税額控除が制限される分の引き下げであること

当たり前ですが、インボイス導入により取引相手が被る不利益よりも多額の代金減額を、免税事業者に強いることは、許されません。
取引価格の引き下げ幅は、仕入税額控除ができなくなったことにより増加する納税額の範囲内である必要があります。
なお、インボイス導入後3年間は、「経過措置」があることに注意します。
「経過措置」とは急激な変化を緩和するための暫定措置です。
具体的には、取引相手は、インボイス導入後も3年間は、仕入税額相当額の8割、その後の3年間は同5割の仕入税額控除を受けられます。
その期間の取引価格の引き下げ幅は、経過措置で仕入税額控除ができない範囲(2割なり5割)に制限されるでしょう。

イ 免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担を考慮すること

 免税事業者も、自らの仕入れや諸経費の支払先に対しては、消費税相当額を支払っています。
つまり、免税事業者も消費税を全く負担していないわけではありません。
取引価格の引き下げ交渉の際は、「ア」で述べた「仕入税額控除が制限される分」を全額引き下げるのではなく、免税事業者の消費税負担を勘案し、引き下げ額を低減する必要があるでしょう。

この点、公正取引委員会のQ&A(前掲)

には「免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合」は独禁法上問題となるとあります。
もっともそのような極端に低額な場合でなくとも、独禁法違反となることは十分ありえます。

ウ 免税事業者と取引相手の間で協議を行うこと

公正取引委員会のQ&A(前掲)

には、「取引価格の再交渉」において「双方納得の上で」引き下げることが肝要であり、「再交渉が形式的なものにすぎず、仕入側の事業者(買手)の都合のみで」引き下げることは独禁法上問題がある旨記載されています。
 よって、免税事業者と取引相手の間で、価格について、実質的な協議を行う必要があります。
 例えば、イで述べた免税事業者の消費税負担について全く検討しなかった場合、「実質的な協議」をしたとは評価されない可能性があります。

エ 今後の取引に係る代金引き下げであること

これも当たり前ですが、発注時に一度定めた代金を、一方的に減額することは許されません。そのような減額は、独禁法違反(優越的地位濫用)ないし下請法違反(下請代金の減額)となります。
あくまで、今後の取引についての代金引き下げでなければなりません。

・・・

ここで紙面が尽きましたので、本稿は2回に分けることとします。

次回は、2で挙げた独禁法懸念事象のうち②~⑥について、どのような場合に独禁法違反となるかを具体的に説明したいと思います。

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
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