社会常識としての独占禁止法

令和2年1月12日、日本経済新聞の朝刊に「膨張する独禁法『優越的地位の乱用』適用どこまで」という記事が掲載されました。
その内容は、楽天の送料一律無料施策に対し、公正取引委員会が緊急停止命令を申し立てた事件を取り上げて、「独占禁止法」がITやネット通販の分野にまで適用範囲を拡大している状況に警鐘を鳴らすものでした。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54256610Q0A110C2TCJ000/
日本経済新聞「膨張する独禁法『優越的地位の乱用』適用どこまで」

 これまで、独占禁止法は決してメジャーな法律ではありませんでした。
しかし、近時、世界的な潮流として、独占禁止法の存在感が日に日に大きくなっています。
今やビジネスシーンにおいて最もホットな法律であると言っても過言ではありません。

 きっかけは、課徴金制度の拡大です。
独占禁止法の課徴金制度は、当初は、市場シェアの大きな企業による重い独禁法違反(不当な取引制限)のみを対象としており、必ずしも活発に利用されていませんでした。

それが、平成17年・平成21年の独占禁止法改正を経て、中小企業によるより軽微な独禁法違反(不公正な取引方法)でも課徴金の対象となった結果、課徴金制度が活性化し、課徴金納付命令の件数が飛躍的に増えることとなりました。
令和元年下半期以降の主な課徴金納付命令をいくつか挙げます。

年月会社金額違反行為
令和元年7月前田道路ほか7社399億円道路舗装材カルテル
令和元年9月ユニバーサル製缶ほか3社257億円飲料用缶カルテル
令和元年11月本町化学工業ほか15社8.6億円活性炭カルテル
令和2年3月鳥居製薬287万円製薬カルテル
令和2年6月大沼ほか1社141万円県警制服入札談合


かつては「吠(ほ)えない番犬」と揶揄された公正取引委員会も積極的に活動しています。最近では、労働、個人情報、知的財産といった分野にまで、独禁法の適用範囲を拡大しようと試みています。
 労働の分野では、昨年、公正取引委員会は、ジャニーズ事務所に対し、「退所したSMAPの元メンバー3人の番組起用を妨げるような働きかけがあった場合」は独占禁止法違反のおそれがある旨の注意を発しました。雇用(業務委託)の分野に公正取引委員会が踏み込んだことに、驚きの声が上がりました。
 個人情報の分野では、EUにおいて、独禁当局が米グーグルに対し個人データの不正利用などにより累計82億ユーロ(約1兆円)の課徴金を課す事件がありました。これを受け、昨年、公正取引委員会はIT企業が十分な説明なく個人データを利用すると、独占禁止法の「優越的地位の濫用」の適用対象になるとの指針を示しました。
 知的財産の分野では、昨年末、公正取引委員会は、新興のスタートアップ企業の有する知財やノウハウが、大企業に不当に奪われていないかを把握する実態調査に乗り出しました。


 このような公正取引委員会の傾向について、東京大学の白石忠志教授は、「独禁法はどのような商品や役務にも等しく適用される一般的で柔軟な法律だ。様々な可能性がある。これまで十分に手当てできていなかった領域にも光を当てることができる。」とおっしゃっています(冒頭の日経記事)。
 独禁法が様々な分野に規制を及ぼすための便利なツールとして用いられている、ということです。この傾向は今後も続くでしょう。

新司法試験では、独禁法が選択科目の一つとして採用されました。もはや独禁法はマイナーな法律ではありません。
「優越的地位の濫用」、「カルテル」、「課徴金」、「リニエンシー制度」といった独禁法の概念は、ビジネスマンが知っておくべき新たなビジネスルールとして、再認識される必要があるように思われます。

 このコラムでも、時事ニュースなどと絡めて、独禁法の法規制をいくつかご紹介できればと考えています。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

 

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