社会常識としての独占禁止法⑤
 ~AI(人工知能)による価格調整と「差別対価の禁止」~

令和2年8月6日、公正取引委員会が、AIによる価格調整を独禁法の規制対象とすることを検討しているとの報道がありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62368070W0A800C2EE8000/
日本経済新聞 「AIカルテル、独禁法で対応 年度内に報告書」

この日経新聞の記事に、「(AIが)居住地や資産状況などから同じ商品の価格を購入者により変動させることが『優越的地位の乱用』にあたらないかどうかなども検証する。こうした技術は海外の旅行サイトなどで一部使われているとの情報がある。」

との一文があり、大変興味深く思いました。

独占禁止法は、地域又は相手方により差別的な対価を定めることを禁止しています。これを「差別対価の禁止」と言います(独占禁止法2条9項2号、一般指定第3項)。
私は旅行サイトのことを詳しく知りません。しかし、もし、日経新聞の記事にあるとおり、旅行サイトのAIが、居住地や資産状況などから同じ商品の価格を購入者により変動させているとしたら、独占禁止法の「差別対価の禁止」に真正面から違反すると言わざるを得ません。
なぜ、旅行サイトは、このようなAIを導入してしまったのでしょうか?

その理由はシンプルです。

おそらく、独占禁止法に『差別対価の禁止』という規制があることを知らなかったのです。
もし、この旅行サイトが、「地域又は相手方により差別的な対価を定めること」は独禁法違反だと知っていたら、居住地や資産状況などから同じ商品の価格を購入者により変動させるようなAIを導入したはずがありません。
旅行サイトが、独禁法の法規制を知った上で、それに違反したのだとは到底思われません。

しかしながら、ここで、私がこの記事をお読みの方々に考えていただきたいのは、「あなたは、地域又は相手方により差別的な対価を定めることが独禁法違反だと知っていましたか?」ということです。

このコラムで再三述べているように、かつて「吠(ほ)えない番犬」と揶揄された公正取引委員会は、近年では活発に活動しており、次々と、独禁法の適用範囲を広げています。
今や、独占禁止法は、ビジネスシーンを規律する新たな取引ルールとなりつつあります。

あなたが「差別対価の禁止」規制を知らなければ、あなたの会社は差別対価を防ぐことができません。
あなたの会社が、この旅行サイトと同様に、知らぬ間に差別対価の禁止規制に違反してしまう可能性はありませんか?

法の無知は罪です。独占禁止法に関する知識不足は、会社に深刻な不利益を及ぼす可能性があります。
この機会に、みなさんに「差別対価の禁止」規制を知っていただきたいと思い、本稿をしたためた次第です。

(余談ですが、日経新聞の記事には「優越的地位の乱用」とありますが、明らかに「差別対価の禁止」の話です。日経新聞の記者ですら、独禁法の知識は十分でないのが現状と思われます。)

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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