~独禁法違反と損害賠償責任~

社会常識としての独占禁止法㉙
執筆:弁護士  多田 幸生

 このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 令和3年9月30日、東京地裁が、「プリンターとインクカートリッジの抱き合わせ販売」について、プリンターメーカーに損害賠償を命じる判決を出しました。
 そこで、今回は、独禁法違反により生じる損害賠償責任についてお話しします。



1 プリンターとインクカートリッジの抱き合わせ販売

プリンターを買うと、インクカートリッジはプリンターメーカーの正規品を購入するように「推奨」されます。
しかしながら、家電量販店の店先では、互換インクカートリッジが安く売っているのを見かけます。
プリンターメーカーとインクカートリッジメーカーとの間で、熾烈な独禁法紛争が、連綿と繰り広げられています。

東京地方裁判所令和3年9月30日判決は、その最新の裁判例であり、インクカートリッジメーカーの勝訴(プリンター製造会社の敗訴)判決です。

報道によれば、プリンター製造会社(B社)は、自社のプリンターが互換インクカートリッジを認識しないよう設計を変え、そのために、互換カートリッジメーカー(E社)は販売店への返金などの損害を負い、互換カートリッジの設計変更を強いられました。

日本経済新聞互換インク使用不可は独禁法違反 ブラザーに賠償命令
朝日新聞インク互換品、使用不可の設計「違法」 ブラザーに賠償命令

東京地方裁判所は、B社の設計変更には「具体的な必要性はなく、互換品のカートリッジの販売を難しくする目的があった」と指摘し、B社の手法はプリンターとインクカートリッジの「抱き合わせ販売」に当たり、違法であると認定しました。

「抱き合わせ販売」については過去のコラムでも何回か取り上げています。今回のコラムでは、深く立ち入りません。



2 独占禁止法違反により損害賠償責任を負うこと

独禁法違反は、自由競争を侵害する行為であり、私人(他社や消費者)の競争利益を侵害します。そこで、独禁法違反行為は、原則として、私法上の不法行為に当たるとされています。
なので、「損害」を受けた私人(他社や消費者)は損害賠償請求をすることができます。
(裁判例多数。なお独禁法25条。)。

「損害」の内容は、事案によりさまざまです。

プリンターとインクカートリッジの抱き合わせ販売事件では、たとえば、

  • B社の設計変更により認識されなくなってしまった旧カートリッジの返金対応
  • B社の設計変更に対応するためにE社が行ったカートリッジの設計変更費用
  • E社がこの訴訟に要した弁護士費用

などが、損害に当たりうるでしょう。
(まだ判決文が公刊されていないので、当職の推測です。)



3 「150万円」は安いか? ~法務リスク~

東京地裁が命じた損害賠償「150万円」を安いと思われた方もいるかもしれません。
正直に言うと、私も、少し安いなと思いました。

そこで、損害賠償責任のほかに、この判決によりB社が負うことになる経済的損失やリスクについて、考えてみましょう。

まず、B社は、裁判所から独禁法違反を認定されたことについての「公正取引委員会対応」が必要になります。
B社としては、①独禁法違反を自認して、公正取引委員会に対し違反行為を報告するか、又は、②独禁法違反を認めず(控訴)、公正取引委員会に対し「係争中」と報告するか、の二択を迫られます。
深刻な法務リスクを負っている状況です。

B社がどちらを選んでも、公正取引委員会は、本件に関する調査を開始する可能性があります。立入検査もあり得ます。
公正取引委員会から独禁法違反を認定されれば、B社は、排除措置命令、課徴金納付命令(※)などを受ける可能性があります。

※ 課徴金納付命令の有無は、違反類型により異なります。

B社は、E社以外の互換インクカートリッジメーカーから同種の訴訟を提起される可能性もあります。
なぜなら、他社は、B社に対し、E社と全く同じ理論構成により訴訟を提起すれば、高い確率で、勝訴できると見込まれる状況だからです。

これらの法務リスクを金額換算することは、ほとんど困難です。B社はおびただしい法務リスクを負っていると言えます。



4 「150万円」は安いか? ~レピュテーショナル・リスク~

しかしながら、もしかしたら、一番大きなリスクは風評被害(レピュテーショナル・リスク)かもしれません。

独禁法違反判決は、消費者の関心も高く、テレビ・新聞などの多くのメディアで報道されます。
その理由は、独禁法違反判決は、消費者がもともと感じていたであろう素朴な疑問(本件で言えば、「なぜ正規のカートリッジを使わなければならないのか?」)に対し、良くも悪くも、一つの答えを提供するからです。
潜在的には、ビジネスモデル自体を立ち行かせなくする破壊力を持っています。

今回の地裁判決は事例判決です。そこまでの影響力があるかは不明です。
しかし、今後、もし、プリンター製造業者の敗訴判決が積み重なっていくようなことがあれば、ビジネスモデル自体に対する批判が高まり、最終的に、ビジネスモデルが立ち行かなくなったとしても、全く不思議ではありません。

結論として、「150万円」は、決して、安くありません。

以上



コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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