価格転嫁指針について 前編(大企業側の視点から)

社会常識としての独占禁止法74

 

このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 今回は、2023年11月に発出された公取委の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(価格交渉指針)についてお話します。

 


1 価格交渉指針が公表された理由

2023年11月28日、公正取引委員会が中小企業の価格交渉に関する指針を公表したことをご存じの方は多いのではないかと思います。

 報道によれば、公取委が指針を公表した目的は、「受注企業が発注企業との取引で受け取る対価について価格転嫁を促すため」であるとのことです。

かみ砕いて説明すると、

  • 政府は、中小企業労働者の賃上げを目論んでおり、
  • そのためには中小企業の賃上げ余力を作出する必要があり、
  • そのためには大企業の中小企業に対する支払金額(取引対価)を増額させる必要があるので、
  • 中小企業の価格交渉力をアップさせるような指針を公取委が公表した、

ということのようです。

つまり、この指針は公取委でなく政府の肝いりです。


2 どのような内容の指針か 

 次の「3」でも述べますが、公取委は「指針に従わない会社は厳正に処断する」旨述べていますので、事業者は、指針の内容をよく把握しておく必要があります。
 以下に、指針が発注者(大企業)側に求めている行動指針を列挙しておきます。ななめ読みで良いので、ざっと眺めてください。
 下線部は、実務への影響が特に大きいと私が考える部分です。

<価格交渉指針が発注者に求める行動指針>

  • 労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取組方針を具体的に経営トップまで上げて決定すること
  • 経営トップが同方針又はその要旨などを書面等の形に残る方法で社内外に示すこと
  • その後の取組状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップが更なる対応方針を示すこと。
  • 受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること
  • 労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること
  • 労務費をはじめとする価格転嫁に係る交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁による適正な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること。 ⑦ 受注者からの申入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること。


3 指針に従わない発注者は処断される

 「指針」は指導・通達の部類にすぎず、法令としての効力はありません。
 にもかかわらず、公取委の担当者は「指針に沿わない行動をとった場合は厳正に対処する」と強い姿勢を示しています。
 なぜでしょうか?
 理由は、この指針が、「優越的地位の濫用」規定や、下請法の「買いたたき」規定についての解釈指針だからです。

 公取委は、前章①~⑦の行動指針に違反した会社は、「優越的地位の濫用」や「買いたたき」に該当しうると述べています。
「優越的地位の濫用」や「買いたたき」に該当するのであれば、排除措置命令や課徴金といった独禁法等による制裁の対象になるので、公取委は厳正に対処する、というわけです。


4 実務への影響

 私も、前記①~⑦の指針に反する行為は、「優越的地位の濫用」に当たりうると思います。
 ただ、実際には、これまでにそのような理由で「優越的地位の濫用」に当たるとして摘発された例を知りません。
 政府肝いりの政策ですから、今後は摘発するのでしょう。
よって、実務への影響は大きいと考えます。

 特に、④と⑤の実務への影響は大きいと考えます。

 ④では、発注者(大企業)側に対し、「1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること」が求められています。

しかし、発注者(大企業)側が、協議の場を1度も設けなかったり、設けたとしても数年に1度といった少ない頻度であった場合には、独禁法の「優越的地位の濫用」(下請法の「買いたたき」)に該当するとして、摘発される可能性があります

 リスクを避けるためには、1年に1回程度の価格協議をすることになるでしょう。

 ⑤では、発注者(大企業)側に対し、受注者(中小企業)側が「最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など」「を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重する」よう求められています。

 例えば、中小企業が最低賃金の上昇率と同程度の値上げを求めてきたにもかかわらず、大企業側がこれに応じなかった場合には、独禁法の「優越的地位の濫用」(下請法の「買いたたき」)に該当するとして、摘発される可能性があります

 今後は、大企業側が値上げを拒否できない場面が確実に増えるでしょう。

 この指針は重要なので、次回は、受注者(中小企業)側の視点から、さらに深堀したいと思います。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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