カスハラに独禁法や下請法を適用できるか?

社会常識としての独占禁止法89

 

 このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 今回は、最近話題の「カスハラ」について、独禁法の優越的地位濫用規制を適用することができないか、というお話をします。

 


1 「カスハラ」とはなにか


 カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、暴言・暴力などにより不要な要求をするといった顧客や取引先からの著しい迷惑行為を言います。
 カスハラに当たる行為自体は昔から存在しましたが、近時、「カスハラ」というわかりやすい語が定着し、世に広く認知されるようになりました。
 ある調査では、流通業・サービス業の従業員の46.8%以上が、直近2年以内にカスハラ被害を経験しているそうです。

UAゼンセンによる「カスタマーハラスメント対策アンケート調査」

 訴訟、調停などの裁判手続になる例も増えています。
 長野地方裁判所飯田支部の事件では、顧客が、営業担当者に値引きを迫るに際し、カッターナイフの刃を出し入れしたり、ネックストラップで営業担当者の首を絞めたりしたという異常性の高いカスハラ事件について、慰謝料の支払が命じられています。
 (長野地裁飯田支部判決令和4年8月30日)


2 カスハラに独禁法を適用できるか?


 カスハラと独禁法は、一見、関係がなさそうです。
 私も、カスハラに独禁法を適用した事例は聞いたことがありません。
 しかし、最近読んだ日経の記事に「BtoBのカスハラには独禁法・下請法を適用しうる」という趣旨の一文があり、「おや???」と思った次第です。

 正直、考えたこともありませんでしたが、考えてみると、どうやら行けそうな気がします。
 カスハラに独禁法や下請法を適用することは、可能かもしれません。
 少し掘り下げてみましょう。


3 「カスハラ」についての優越的地位の濫用(乱用)の要件の検討


 「優越的地位の濫用(乱用)」の要件をごく簡単に言いますと、

  • 事業者が、
  • 優越的地位を利用して、
  • 不当に、取引を実施させたり、取引条件を変更させたりすること、

です。
 (コラム用に要約しています。正確な条文は,独禁法2条9項等をご確認ください。)

①「事業者が」
 この要件からすると、消費者のカスハラ行為は独禁法の規制対象となりません。
 「BtoB」の行為であれば、規制の対象になりえます。

②「優越的地位を利用して」
 この要件が1番の難所ですが、過去数十年の事例の積み重ねにより、優越的地位性を認められやすい業種が存在します。
 以下はその例です。
 ・銀行など金融機関
 ・百貨店・スーパー等の大規模小売店
 ・チェーン店(ex.コンビニ・ドラッグストアなど)の本部
 これらの業種によるカスハラ行為は、「優越的地位に乗じて」なされたものだと言われる可能性があります。
 上に挙げた業種以外であっても、事実関係次第では、優越的地位性を認められることがあるでしょう。

③「不当に、取引を実施させたり、取引条件を変更させたりすること」
 単なる罵詈雑言だけではこの要件に当たりません。
 しかし、罵詈雑言を浴びせることにより、本来認められない取引を認めるよう強制したり、本来認められないほどの優遇措置を強制した場合には,この要件に当たる可能性がありそうです。

 いかがでしょうか?
 BtoBのカスハラ行為は、優越的地位濫用(乱用)として独禁法の対象になりえる、というのが私の結論です。
 同様の考え方により、おそらく下請法の対象とすることも可能でしょう。

 ただし全てのカスハラが対象となるのでなく,②に挙げたような、優越的地位にあると認められやすい業種について、特に認められやすいのではないかと思います。
 また、単なる罵詈雑言は独禁法違反ではなく、それにより優遇措置等を強要した場合に、独禁法違反となりそうです。
 独禁法は、広くあらゆるビジネス行為に適用可能な、とても便利な法律です。
 今後、カスハラへの用例も増えてくるかもしれませんね。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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