吹き荒れる価格転嫁の嵐 ~ダイハツなど10社公表~

社会常識としての独占禁止法82

 

 このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 今回は、2023年3月にダイハツなど10社が「下請け事業者などからの価格転嫁要請に応じず、取引価格を据え置いた」として公表された件についてお話します。

 

1 政府の肝いり政策「価格転嫁」とは何か

 最近、「価格転嫁」というキーワードが新聞やニュース賑やかせています。
 価格転嫁とは、簡単に言うと、物価や人件費の上昇を下請代金に転嫁させようとする政府の政策のことです。
 政府は、価格転嫁政策を極めて重視しています。その理由は、価格転嫁政策により、最終的には中小企業の従業員の賃上げを実現したいからです。

<価格転嫁政策の構造>

物価や人件費の上昇

大企業に対し、上昇分に応じた下請代金額の増額を要求する(=価格転嫁政策)

大企業から中小企業への支払額が増える

中小企業の従業員の給与が増える


2023年11月28日、公正取引委員会は価格転嫁に関する指針を公表しました。


 2024年3月、岸田首相は連日のように談話を出し、価格転嫁に応じない企業に致死厳しい姿勢で臨むと述べていました。

(以下、いずれも日本経済新聞より。)

2 ついに価格転嫁拒否企業が公表された

 このような状況において、2024年3月15日、ついに、「下請け事業者などからの価格転嫁要請に応じず、取引価格を据え置いた」企業10社が、実名で公表されました。

公正取引委員会「独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化に関する調査の結果を踏まえた事業者名の公表について」


 公表されたのは次の10社です。

<公表された価格転嫁拒否企業10社>

イオンディライト、SBSフレック、京セラ、西濃運輸、ソーシン、ダイハツ工業、東邦薬品、日本梱包運輸倉庫、PALTAC、三菱ふそうトラック・バス

 そうそうたる大企業の名が並んでいます。

 公取委によると、国内の下請け事業者11万社ほどを対象に価格転嫁拒否企業についてのアンケートを行い、そのアンケートで「多く名前が上がった発注者」に対し、任意の立入検査を実施したとのことです。
 そして、実際に「相当数の取引先について協議を経ない取引価格の据置き等が確認された事業者」を10社選別し、公表するに至ったとのことです。

3 今後は優越的地位の濫用で摘発される可能性がある

 今回の「公表」は、摘発ではありません。10社は、実名公表こそされましたが、何らの行政処分も受けていません。
 しかしながら、前述した価格転嫁指針では、価格転嫁拒否は「優越的地位の濫用(独禁法)」ないし「買いたたき(下請法)」に当たるとされています。
 公取委は、指針を公表した際の記者会見で、「指針に従わない会社は厳正に処断する」旨述べました。
 なにしろ政府の肝いり政策です。今後、価格転嫁拒否に及んだ場合には、摘発され、排除措置命令などの行政処分を受ける可能性が高くなったと考えるべきでしょう。
 今回の公表はその先ぶれに過ぎません。

 4 価格転嫁指針の内容を把握する必要がある

  このように、価格転嫁は極めて重要な肝煎り政策であり、違反者は摘発される可能性があります。
  なので、事業者は、価格転嫁指針の内容をよく把握しておく必要があります。
  コラム76に載せた指針のまとめを再掲しますので、ぜひ、内容を把握していただければと思います。

<価格交渉指針が発注者に求める行動指針>

下線は筆者が特に重要と考える部分

  •  労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取組方針を具体的に経営トップまで上げて決定すること
  •  経営トップが同方針又はその要旨などを書面等の形に残る方法で社内外に示すこと
  •  その後の取組状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップが更なる対応方針を示すこと。
  •  受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること
  •  労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること
  •  労務費をはじめとする価格転嫁に係る交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁による適正な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること。
  •  受注者からの申入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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