ビッグモーター事件の延長戦その① ~書面交付義務違反~

社会常識としての独占禁止法81

 

 このコラムでは、企業が守るべきビジネスルールとしての重要性を増している独占禁止法について、お話ししています。
 最近、ビッグモーターによる大規模な下請法違反事件がありましたので、これを題材に、ビジネスマンが押さえておくべき下請法の規制をいくつかご紹介したいと思います。

 


1 下請法の書面交付義務とは

 「書面交付義務」は、絶対に押さえておくべきビジネスルール(下請法)です。ごく簡単に言うと、
「発注者は、受注者(下請事業者)に下請業務を委託したときは、ただちに、委託した業務の内容、下請代金額、支払期日等を記載した契約書や発注書を交付しなければならない。」
というルールです。違反者には罰金が課されます(下請法10条1号)。

 読者の皆様には、ぜひ、「書面交付義務」の重要性を理解していただきたいと思います。

 たとえば、ある会社に公正取引委員会が調査に入ったとします。
 公取委からの「契約書・発注書を出してください」という要請に答えられなかった瞬間に、下請法違反が確定します。
 下請法違反が確定しましたので、公取委としては、あとはじっくり腰を据えて、他の違反行為を探すことができます。
 書面交付義務違反は独禁法・下請法調査の切り込み隊長なのです。

 公正取引委員会は、毎年8000社程度に対し、下請法違反を指導しています。
 これほど多数の摘発が可能な理由は、「書面交付義務」違反の摘発は極めて簡単だからです。
 甘く見ると痛い目にあいます。一度、胸に手を当てて、自社が委託先に対し、口頭やSNSなどによる発注を行ったことがないか、考えてみてください。

2 ビッグモーターは書面交付義務を甘く見た

 令和6年3月15日、ビッグモーターによる大規模な下請法違反が報道されました。

 「敷地の草むしりや店舗の掃除、車のワックスがけなどを強要していた」などの違反事実が面白いので、報道では、それらが強調されることが多いように感じます(この点は次回取り上げます。)。
 しかしながら、公取委の調査の突破口になったのは、十中八九、書面交付義務違反でしょう。

 公取委の勧告には、ビッグモーターの書面交付義務違反の態様が詳細に記載されていますので、以下、抜粋します。


<公取委「概要」からの抜粋>

・ 「メッセージアプリで「今日難しいですか?」、「商品化お願いします」などと簡易に伝える方法での発注を行」っていた。
・ 「作業を終えた下請事業者に自らに宛てた作業指示書を作成させ、店長が確認印を押す方法で、必要記載事項を満たさない書面を交付」していた。



3 メッセージアプリによる発注は書面交付義務違反となる

 近年は、取引先との継続的なやりとりを、slacks、Chatwork、Teamsといったメッセージアプリで行うケースが増えています。
 他社の取引担当者に対し、メッセージアプリで直接発注するケースも多いでしょう。
 しかしながら、上のビッグモーター事件の抜粋をご覧いただければ明らかなように、メッセージアプリによる発注では、書面を交付したことになりません。
 委託業務の内容、下請代金の額、支払期日、支払方法等の必要記載事項を記載した書面を交付しなければ、たとえメッセージアプリに履歴が残っていたとしても、下請法違反となります。
 近時の流行ですので、注意が必要です。
 
 メッセージアプリでなく、通常の電子メールによる発注も、当然、書面交付義務違反の対象となりますので、併せてご注意ください。

 なお、書面の交付に替えて、電磁的な方法も法令上認められています。ただし、事前に書式を下請事業者に示し、書面等による承諾をもらうなどの要件を満たす必要があります(下請法3条2項)。

以上

コラム 執筆 担当

顧問弁護士・講師  多田 幸生 Yukio Tada

会社法務の法律論と現場実務の両方に明るい弁護士として活動。
以下をモットーに幅広い業種、規模の顧問を務める
【モットー】
・法律に関する情報を正確に世に伝えていく
・法務リスクを正確に伝えて経営判断に資する
・法務部員のキャリア形成に貢献する

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